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大阪地方裁判所 昭和58年(ワ)7319号 判決

甲・乙事件原告、丙事件被告

株式会社名宏

(以下「名宏」と略称する)

右訴訟代理人弁護士

福本基次

信清勝彦

菊地逸雄

甲・乙事件被告、丙事件原告

株式会社エヌジーエム

(以下「エヌジーエム」と略称する)

甲事件被告

吉村泰

(以下「吉村」と略称する)

右両名訴訟代理人弁護士

山出和幸

主文

一  エヌジーエム及び吉村は名宏に対し、各自金四五〇万九〇三〇円及びこれに対する昭和五八年八月一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

二  名宏はエヌジーエムに対し、金一七五万六六〇〇円及び内金二二万三六〇〇円に対する昭和六〇年五月一六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

三  名宏のエヌジーエム及び吉村に対するその余の請求並びにエヌジーエムの名宏に対するその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は、甲乙丙事件を通じてこれを一五分し、その九をエヌジーエムの負担、その五を名宏の負担、その一を吉村の負担とする。

五  この判決は主文一項及び二項について仮に執行することができる。

事実

一  甲・丙事件

1  当事者の求めた裁判

(一)  名宏

(1) エヌジーエム及び吉村は名宏に対し、各自金一四四〇万九〇五〇円及びこれに対する昭和五八年七月一日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

(2) エヌジーエムの反訴請求を棄却する。

(3) 訴訟費用はエヌジーエム及び吉村の負担とする。

(4) (1)(3)項について仮執行の宣言。

(二)  エヌジーエム

(1) 名宏はエヌジーエムに対し、金四三八六万七三二二円及び内金三四九万〇九七〇円に対する昭和五八年八月一一日から、内金三七六二万五三五二円に対する昭和六〇年五月一六日から各完済まで年六分の割合による金員を支払え。

(2) 名宏の本訴請求を棄却する。

(3) 訴訟費用は名宏の負担とする。

(4) (1)(3)項について仮執行の宣言。

(三)  吉村

(1) 名宏の請求を棄却する。

(2) 訴訟費用は名宏の負担とする。

2  名宏の甲事件の請求原因

(一)  名宏(旧商号・株式会社名京)及びエヌジーエムは浄水器の製造販売を業とする会社である。

浅井司朗は名宏の代表取締役であり、吉村はエヌジーエムの代表取締役である。

(二)  株式会社名京こと浅井司朗は、昭和五七年六月一八日エヌジーエムとの間で、浄水器ピュアネス及びその関連商品につき販売基本契約を結んだ。浅井がこれら商品を継続してエヌジーエムに販売し、代金を毎月末日締切翌月末日払いとする約定であつた。吉村は右同日エヌジーエムの浅井に対する債務につき連帯保証した。

名宏は同年一〇月一四日設立登記されたことにより、前記販売契約における浅井の地位を承継した。吉村はエヌジーエムの名宏に対する債務につき連帯保証することになつた。

(三)  名宏は、昭和五八年三月二二日から五月一六日までの間に、前後一六回にわたりエヌジーエムに対して、ピュアネス及びその関連商品を代金合計二八四〇万九〇五〇円で売渡した。エヌジーエムは名宏に対し右売掛代金中一四〇〇万円を支払つた。

(四)  よつて、名宏はエヌジーエム及び吉村に対し、各自売掛代金一四四〇万九〇五〇円及びこれに対する最終支払期後である昭和五八年七月一日から完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  甲事件の請求原因に対するエヌジーエム及び吉村の認否

前記2の(一)ないし(三)の事実は認める。

4  エヌジーエム及び吉村の甲事件の抗弁、エヌジーエムの丙(反訴)事件の請求原因

(一)  エヌジーエムは、昭和五七年一二月三日名宏との間で、ピュアネス及びその関連商品に関する九州全圏の一手販売を取得する旨の代理店契約を締結した。その際の約定として、名宏は、エヌジーエム以外の者と九州全圏において代理店契約を締結してはならず、また九州全圏においてエヌジーエムを介してのほかピュアネス等を販売してはならない旨合意された。

右契約に基づき、エヌジーエムは名宏からピュアネス等を継続的に購入してきた。

(二)  名宏が売渡した商品に瑕疵が存したことによる損害

(1) ステンレス円筒製作代金

ピュアネスのステンレス円筒が昭和五七年一〇月以降ホーロー円筒に変わつたが、このホーロー円筒に瑕疵があり、ホーローがはげ落ちてカートリッジの中に入つて詰る等の事故が発生し、買主からの苦情が殺到した。

そこで、エヌジーエムは名宏に対し、ホーロー円筒をステンレス円筒に交換するよう要求し、名宏は交換を約した。ところが、エヌジーエムの度重なる請求にもかかわらず、名宏は一八本のステンレス円筒を送付したのみで、それ以上の交換に応じなかつた。やむをえず、エヌジーエムは、大甲パッキング工業に対し同円筒三〇本の製作を単価二七〇〇円で注文し、株式会社松下商店に対し同円筒八六六本の製作を単価一七〇〇円あるいは一五〇〇円で注文して、ホーロー円筒と交換した。

そのため、エヌジーエムは、大甲パッキング工業に支払つた八万一〇〇〇円、松下商店に支払つた一二九万九〇〇〇円(単価一五〇〇円として計算)、以上合計一三八万円のステンレス円筒製作代金相当額の損害を被つた。

(2) 円筒交換費用

前記事情でホーロー円筒をステンレス円筒に交換する必要が生じたところ、名宏はエヌジーエムに対し円筒交換費用として一本当り一五〇〇円を負担する旨約した。

エヌジーエムが交換した円筒合計九一四本分の費用は一三七万一〇〇〇円である。

(3) ミクロフィルターの瑕疵による損害

エヌジーエムが名宏から購入したミクロフィルターは、一ミクロン以上の不純物、ヘドロ、ニゴリを瀘過し、また、一ミクロン以上の病源体を除去するとの説明にもかかわらず、一〇ミクロン以上の不純物等の除去しかしないとの検査結果が出て、説明内容の性能を備えていないことが判明した。

ところで、エヌジーエムは、名宏からミクロフィルターを単価八五〇〇円で購入し、そのうち二台を有限会社ヘルスライフに単価一万二〇〇〇円で、うち二五台を住栄産業有限会社に単価一万三五〇〇円で販売したが、これら販売先から右瑕疵を理由としてミクロフィルターのすべての返品をうけた。

そのため、エヌジーエムは、購入代金相当額の損害を被つたほか、販売代金から購入代金を控除した金額の利益を得ることができず、合計三六万一五〇〇円の損害を被つた。

(三)  名宏が商品の供給を停止したことによる損害

名宏は、エヌジーエムとの間で販売基本契約を締結したにもかかわらず、昭和五八年五月一七日以降一方的に商品の供給を停止した。

そのため、エヌジーエムは、同年七月の一か月間に、日本健水開発株式会社との取引を除外しても、二七〇万円以上の荒利益をあげ得たはずなのに、一六五万四六二〇円の荒利益しか得られず、その差額一〇四万五三八〇円の荒利益が得られなかつた。

ところで、この荒利益に対して要する経費として、販売店に支払うべき販売手数料、運賃、通信費、その他諸雑費がある。このうち通信費、その他諸雑費は二万円未満である。

販売手数料、運賃は、昭和五七年七月から昭和五八年四月までの実績からみると、荒利益の二〇・五七パーセントであるから、右荒利益に対する額は二一万五〇三四円である。

こうして、右荒利益に対応する純利益は、通信費その他諸雑費を二万円とみると八一万〇三四六円となる。エヌジーエムは名宏の商品供給停止により昭和五八年七月の一か月間に右純利益相当の損害を被つた。

(四)  名宏が代理店契約に違反して日本健水開発に商品を供給したことによる損害

(1) 名宏は、エヌジーエムとの間で代理店契約を締結したにもかかわらず、これに違反して、昭和五八年三月七日から日本健水開発に直接商品を供給しはじめ、同年四月二二日には日本健水開発との間で、名宏の製造するピュアネス全商品を継続的に売り渡す旨の販売基本契約(乙第四号証)を締結した。

そのため、それ以降日本健水開発はエヌジーエムに商品を注文しなくなつた。

(2) 右名宏の債務不履行により、エヌジーエムは昭和五八年三月七日から八月一九日までの間に、日本健水開発との取引で得られたはずの荒利益二六五七万一九八〇円を失つた。

ところで、この荒利益に対して要する経費として、日本健水開発に支払うべきピュアネス一台につき五〇〇円の割合の販売手数料と、通信費その他諸雑費がある。このうち通信費その他諸雑費は一か月三万円未満である。そして、名宏が右期間中に日本健水開発に直接供給したピュアネスは合計五一三四台であるから、エヌジーエムの日本健水開発に対する販売手数料は合計二五六万七〇〇〇円となり、また、通信費その他諸雑費は、昭和五八年三月中における直接の供給額が少ないことから同月は殆ど不要とみて、四か月と二〇日分合計一四万円となる。

こうして、右荒利益に対応する純利益は二三八六万四九八〇円となる。エヌジーエムは、右の期間にこれを失つて同額の損害を受けた。

(3) また、エヌジーエムは、昭和五八年八月二〇日以降においても、その直前三か月間の名宏と日本健水開発との間の取引実績によつても、日本健水開発との取引が継続していたら一か月平均六一三万四一九三円以上の純利益を受けえたのに、これを失つた。同日以降四か月分の損害二四五三万六七七二円である。

(4) 右(2)(3)の損害合計四八四〇万一七五二円である。

(五)  使用不能になつたカタログの製作費

エヌジーエムは、名宏から仕入れた商品を販売するためにカタログを製作したが、名宏が商品の供給を停止したことにより、その八割を使用できなくなつた。

製作費用合計一〇〇万二〇〇〇円の八割相当八〇万一六〇〇円が損害である。

(六)  その他の印刷費

エヌジーエムは、名宏から仕入れた商品を販売するために契約証書、認定証等を製作し、その費用として合計二七万九五〇〇円を要した。商品供給の停止により、その八割以上が使用できなくなつた。その八割相当二二万三六〇〇円が損害である。

(七)  慰藉料五〇〇万円

エヌジーエムは、名宏の債務不履行により、販売先に対する信用を失つたほか倒産の危機にまで直面し、また、会社を軌道に乗せるについて多大の時間と労力を要して、無形の損害をも被つた。これを填補するには五〇〇万円を要する。

(八)  相殺の意思表示について

(1) エヌジーエムは昭和五八年八月一〇日名宏に対し、エヌジーエムの名宏に対する次の損害賠償債権一七九七万三四四六円と、名宏のエヌジーエムに対する売掛代金債権一四四〇万九〇五〇円とを対当額で相殺する旨の意思表示をし、あわせて相殺後の損害賠償残金の支払を催告した。

前記(二)の(3)の三六万一五〇〇円

同(三)の八一万〇三四六円

同(四)のうち一六〇〇万円

同(五)の八〇万一六〇〇円

(2) 名宏は昭和六〇年六月二八日本訴第一一回口頭弁論期日において、売掛代金一四四〇万九〇五〇円についての昭和五八年六月三〇日までの遅延損害金を放棄した。

(3) 相殺の基準日を同年七月三一日とする。右売掛代金の同月一日から三一日までの年六分の割合による遅延損害金が七万三四二六円となるので、相殺後の損害賠償残金は三四九万〇九七〇円となる。

(九)  以上の次第で、エヌジーエムの名宏からの買掛金債務は相殺によつて消滅し、吉村の連帯保証債務も消滅した。

(一〇)  よつて、エヌジーエムは名宏に対し、前記(二)(1)、(二)(2)、(四)のうち相殺に供しなかつた三二四〇万一七五二円、(六)、(七)の合計四〇三七万六三五二円と右(八)の相殺後の残額との総計四三八六万七三二二円、およびこのうち右相殺後の残額に対する昭和五八年八月一一日から、うち金三七六二万五三五二円((四)のうち相殺に供しなかつた右金額、(六)、(七)の合計)に対する昭和六〇年五月一六日(エヌジーエムの同月一五日付準備書面の交付によつて支払を催告した日の翌日)から、各完済まで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

5  甲事件の抗弁、丙事件の請求原因に対する名宏の認否及び主張

(一)  前記4の(一)・(八)の(1)(2)は認める。相殺の基準日を昭和六〇年七月三一日とすることは争わない。その余は否認する。

(二)  ホーロー円筒の交換について

エヌジーエムは交換本数が九一四本と主張する。

しかし、名宏は交換分としてエヌジーエムからホーロー円筒の送付があつたものについては交換した。

名宏が製造したホーロー円筒は五〇〇〇本であり、そのうち日本健水開発分約三八〇〇本、ゴーアンドゴー分約八〇〇本以上が既に交換済であり、これらを差引くと、エムジーエム分としては約三〇〇本程度しか残存しない。

エヌジーエムは、名宏が無条件に円筒交換費用として一本当り一五〇〇円の負担を約した旨主張するが、無条件ではない。エヌジーエムが瑕疵ありとされるホーロー円筒を名宏に送付することを条件に、名宏が、右円筒の交換と、交換費用として一本当り一五〇〇円の負担を約したところ、エヌジーエムは右送付をしなかつた。

(三)  ミクロフィルターについて

ミクロフィルターは、乙第二六号証の取扱説明書記載のとおり、一ミクロン以上の不純物、ヘドロ、ニゴリを瀘過する作用を有するものであり、殺菌作用は全くない。また、ピュアネス及びミクロフィルターは本来水道水を予定している。

従つて、ミクロフィルターには瑕疵がない。

(四)  商品の供給停止について

名宏・エヌジーエム間の販売基本契約では、代金は現金で支払う約定であつた。しかるに、エヌジーエムは昭和五八年五月一九日、日本健水開発振出の約束手形二通合計一四〇〇万円で支払つた。

その後残代金一四四〇万九〇五〇円の支払いがないので、名宏は現金払の約定を履行すれば何時でも商品の供給をする旨通知し、現実に商品供給の用意を整えたうえその履行を再三督促した。ところが、エヌジーエムは同月二三日、今後引き続き現金払の約定を維持するなら取引はできない旨主張して、契約破棄を通告してきた。これに対し、名宏は、現金払では今後取引できない旨のエヌジーエムの意思を確認し、現金払の約定が守られない以上契約破棄もやむを得ないと答弁し、結局、名宏・エヌジーエム間の販売基本契約及び代理店契約は同日合意解除された。

名宏が商品供給を停止したのは、以上のとおり専らエヌジーエムの責めに帰すべき事由によるものであり、名宏の債務不履行によるものではない。

(五)  日本健水開発に対する商品の供給について

ホーロー円筒の交換について、エヌジーエムが名宏の代理店としての役割を果たさず、日本健水開発及び名宏に対して直接交渉を求めたため、名宏としても、やむを得ず日本健水開発と直接交渉してホーロー円筒の交換に応じた。

その際、交換費用の捻出のため、双方話し合いの結果、名宏が日本健水開発に商品を供給することになつた。これは、エヌジーエムが代理店の地位を放棄した結果にすぎず、専らエヌジーエムに帰責事由があり、名宏が交換費用捻出のために行つた商品供給には何ら違法な点はない。

なお、名宏が日本健水開発に対して、エヌジーエムに代わる販売業者として本格的に商品を供給するようになつたのは、名宏・エヌジーエム間の契約解除後の昭和五八年六月一日以降のことである。

エヌジーエムは、名宏が日本健水開発に商品を供給したことによる逸失利益として、昭和五八年三月七日から一二月二〇日までの利益の合計四八四〇万一七五二円を主張する。しかし、エヌジーエムは、逸失利益の計算根拠である平均月間取扱数量の変更後の数字を明らかにしていないばかりか、逸失利益が何故一二月二〇日までに継続するのかその根拠が不明である。そもそも右期間は、エヌジーエムが名宏の主要な下請を横取りして、名宏の製造するピュアネスを模倣したベスト活水器の製造販売をしていたのであり、右期間をすべて逸失利益の計算期間とすること自体失当である。しかも一月当りの利益額が極めて多く全くの出鱈目である。

乙第四号証の昭和五八年四月二二日付の販売基本契約書は、日本健水開発の懇請により、名宏と同開発との間で、同開発の組織傘下の人達に見せる目的で形式的に作成したものにすぎない。もとより、名宏は、右契約書に基づいて日本健水開発に対して商品を販売しておらず、履行を予定していない言わば見せ契約書である。

6  エヌジーエム及び吉村の反論

(一)  名宏が日本健水開発との間で取引を開始するに当り、両者間で、名宏からエヌジーエムに対する商品の供給停止が企図されていた。

その方法として、名宏・エヌジーエム間の販売基本契約書に現金払の記載があることに目をつけ、日本健水開発からエヌジーエムへの支払を手形ですれば、エヌジーエムはその手形を名宏に廻すだろうから、それを契約違反の理由として、エヌジーエムへの商品の供給を停止しようということになつた。それを実行したのが、日本健水開発からエヌジーエムへの昭和五八年五月一八日の約束手形二通での支払であり、またその後の名宏のエヌジーエムに対する商品の供給停止である。

名宏は、エヌジーエムの名宏に対する約束手形二通の交付をもつて、エヌジーエムの債務不履行と主張するが、真実は右のように名宏によつてしくまれた罠であり、商道徳に反する非常に悪質な事案である。

(二)  名宏は、エヌジーエムを排除して、エヌジーエムの最大の販売先であつた日本健水開発と直接取引をするようになつた。

その後、名宏は、日本健水開発と同社の最大の販売先であつた有限会社萌生との関係がまずくなつたと聞くや、直ちに萌生に対して直接取引をしないかと声をかけ、同社がこれに応じないとみるや、今度は萌生の主要販売先である永野賢明、原野晴介らに声をかけ、同人らと株式会社日本健水を設立して、同社と取引するに至つた。

以上のとおり、名宏は、自己の利益のためには契約違反も厭わず取引先を転々と変える悪質な会社である。

二  乙事件

1  当事者の求めた裁判

(一)  名宏

(1) エヌジーエムは別紙第一目録記載の物件を製造販売してはならない。

(2) エヌジーエムは名宏に対し、金二〇〇〇万円及びこれに対する昭和五八年一〇月二七日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(3) 訴訟費用はエヌジーエムの負担とする。

(4) (2)(3)項について仮執行の宣言。

(二)  エヌジーエム

(1) 名宏の請求をいずれも棄却する。

(2) 訴訟費用は名宏の負担とする。

2  名宏の請求原因

(一)  浅井司朗は昭和五七年六月一八日エヌジーエムとの間で、別紙第二目録記載の浄水器ピュアネスを類似製品製造禁止特約のもとに、継続的に売渡す旨の販売基本契約を締結した。

名宏が同年一〇月一四日設立登記されて法人格を取得したことに伴い、前記販売基本契約における浅井の地位が名宏に承継された。

(二)  エヌジーエムは昭和五八年六月頃から別紙第一目録記載の浄水器をベスト活水器の商品名で製造販売している。

(三)  ベスト活水器は、架台、ボディ、天蓋及び天蓋附属部品がピュアネスに酷似しており、両者は外観上寸分違わぬといつて過言でない商品である。

(四)  九州地区とりわけ福岡市周辺、北九州市周辺、九州各地の県庁所在地都市周辺においては、ピュアネスは優良な水処理装置として、その容器の独特な形状と相俟つて広く認識された商品である。

ピュアネスは、新聞各紙による広告宣伝、商品見本市での展示販売、現実の購入者の高い評価により、右地域の各家庭及び同種の商品を扱う各小売店に、その独特な形状と相俟つて他の同種商品から識別して認識されてきた。

ベスト活水器の容器構造は、ピュアネスに外観・機能とも酷以していることから、ピュアネスと誤認混同されるので、名宏はピュアネスの販路を奪われ営業上の利益を害せられている。

(五)  エヌジーエムは昭和五八年一〇月二一日までの間にベスト活水器を少なくとも二〇〇〇台製造販売した。

名宏は、ピュアネス一台につき一万円を下らない純利益を得てきたので、エヌジーエムの右行為により被つた損害は二〇〇〇万円を下らない。

(六)  よつて、名宏はエヌジーエムに対し、販売基本契約又は不正競争防止法一条一項一号、一条ノ二第一項に基づき、ベスト活水器の製造販売の差止、並びに損害賠償金二〇〇〇万円及びこれに対する訴状送達による催告の後であり不正競争による損害発生の後である昭和五八年一〇月二七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

3  請求原因に対するエヌジーエムの認否

(一)  請求原因(一)項の事実は認める。

第一  物件目録  ベスト活水器(別紙外観図添付のとおり 単位ミリメートル)

(二)  同(二)項は認める(但し製造販売開始年月は否認する)。

(三)  同(三)ないし(五)項は争う。

4  エヌジーエムの主張

(一)  販売基本契約上の義務違反の主張について

前述丙(反訴)事件請求原因(一の4の(三))、同反論(一の6の(一))のとおり、名宏が販売基本契約に違反して一方的に商品の供給を停止したことから、エヌジーエムのみならずその販売先においても倒産の危機に直面した。そこで、エヌジーエムは、倒産を回避するため、いわば緊急避難としてベスト活水器を製造販売するに至つたのであつて、違法性がない。

むしろ、名宏は、エヌジーエムを罠に陥れて自ら重大な契約違反をし、それを棚に上げて契約の適用を主張するものであつて、この主張は信義則に反し許されない。

そして、エヌジーエムは昭和五八年八月一〇日名宏に対し、名宏の右債務不履行を理由として販売基本契約を解除した。

(二)  不正競争防止法一条一項一号の主張について

(1) 商品表示について

ピュアネスの形状は、外観からも明らかなとおり、特殊独自なものとはいえすごく一般にありふれた形であり、名宏の商品たることを示す表示に当らない。

名宏より先に戎機械工業株式会社がピュアネスと同形状の浄水器を製造しており、名宏のピュアネスはこれを模造しただけのものである。

第二  物件目録  ピュアネス(別紙外観図添付のとおり 単位ミリメートル)

(2) 周知性について

ピュアネスは、ほとんど訪問販売されていた商品であり、広く認識されていた商品ではなく、形状に周知性がない。

(3) 混同を生じさせるおそれについて

ベスト活水器には、ベスト活水器である旨をネームプレートで明確に表示してあり、また訪問販売される商品であつて、店頭陳列等の大衆的商品ではない。

従つて、ベスト活水器とピュアネスの形状が似かよつているからといつて、見違えて取引するようなことはありえず、ベスト活水器がピュアネスとの間に混同を生じさせるおそれはない。

5  名宏の反論

(一)  エヌジーエムは、名宏の下請先に働きかけてピュアネスの部品を横流しさせており、その違法性は極めて強度である。ピュアネスとベスト活水器はその外観・形状とも全く同一である。浄水器はある程度の期間使つてみなければ浄水機能が分らないものであり、消費者が浄水機能と外観とを結びつけるのは必然である。

エヌジーエムが、ピュアネスの各部品を横流しさせてピュアネスと同一外観のベスト活水器を製造しようとした目的は、ピュアネスがそれまでに培つてきた商品の知名度を利用し、ピュアネスと同一物であるという消費者の錯誤を利用してベスト活水器を販売しようとしたことにあり、その目的も違法である。

エヌジーエムのように販売代理店たる地位にあつた業者が、下請業者を横取りして全く同一の商品を製造販売するというのは、到底容認しがたい競業行為である。

(二)  そもそもピュアネスと全く同一の外観構造のベスト活水器を製造販売したこと自体が、ピュアネスの周知性の自認である。訪問販売員がピュアネスを知悉しており、かつ、既にピュアネスを購入使用している一般消費者の近隣、知人に販売する際に、これとの混同を利用して販売することができるのである。

エヌジーエムはピュアネスが戎機械工業の浄水器の模造であると主張する。しかし、エヌジーエムはピュアネスの知名度を利用したのであつて、戎機械工業の浄水器の知名度を利用したのではない。しかも、戎機械工業の浄水器とピュアネスとは構造、架台、大きさとも全く異なり、一見して異種商品であることは明らかであつて、この両者の間に出所混同はありえない。

三  証拠〈省略〉

理由

一甲事件の請求原因(一)項ないし(三)項、の事実は当事者間に争いがない。名宏の売掛代金は一四四〇万九〇五〇円である。

丙事件の請求原因(一)項の事実は当事者間に争いがない。

二名宏が売渡した商品に瑕疵が存したことによりエヌジーエムが被つた損害(甲事件抗弁、丙反訴事件請求原因)について

1  ピュアネスのホーロー円筒の瑕疵

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一)  ピュアネスのステンレス円筒が昭和五七年一〇月七日からホーロー円筒に変わつたが、ピュアネス八一、同八一G、同S八一、同S八一G型のホーロー円筒全部に瑕疵があり、ホーローがはげ落ちて詰まる等の事故が続発し、エヌジーエムに買主からの苦情が殺到した。

(二)  そこで、エヌジーエムは昭和五八年三月頃名宏に対し、ホーロー円筒をステンレス円筒に交換すること、円筒交換費用を負担することを要求した。

名宏はその頃エヌジーエムに対し、右円筒の交換と、その費用一本当り一五〇〇円の負担を約した。

その際、エヌジーエムが有限会社大壯及び日本健水開発株式会社に販売した分については、名宏が直接日本健水開発にステンレス円筒を送付して、交換に応じることに合意が成立した。

ところが、名宏はエヌジーエムに一八本のステンレス円筒を送付したのみで、それ以上の交換に応じなかつたし、円筒交換費用も支払わなかつた。エヌジーエムは右一八本を交換した。

(三)  エヌジーエムがホーロー円筒の交換に応じ、代理店や特約店から送付を受けた瑕疵あるホーロー円筒の数量は、昭和五九年二月一五日時点で四三九本あり(乙第一二号証の二二・二三)、それ以降更に送付を受けた分が五〇本近くある。それ以外に、エヌジーエムがホーロー円筒の交換に応じたが、数量が一本ないし三本と少ないため、代理店や特約店がエヌジーエムに送らなかつた分もある。

エヌジーエムが販売した瑕疵あるホーロー円筒付のピュアネスのうち、エヌジーエムが現時点でも交換していない分も相当数存在する。

(四)  エヌジーエムは、名宏との前記合意の前頃から本件口頭弁論の終結された昭和六〇年一二月頃までの間に、大甲パッキング工業にステンレス円筒三〇本の製作を単価二七〇〇円で依頼し、株式会社松下商店に同円筒約四六〇本の製作を単価一五〇〇円又は一七〇〇円で依頼して、ホーロー円筒と交換し、これらの代金を支払つた。

〈反証判断略〉。

右認定事実によれば、エヌジーエムは、次のとおりステンレス円筒製作費相当額七七万一〇〇〇円の損害を被り、また円筒交換費用七六万二〇〇〇円を請求できる。

大甲パッキング工業に支払つた分の損害二七〇〇円に三〇本を乗じた八万一〇〇〇円。

松下商店に支払つた分の損害一五〇〇円に四六〇本を乗じた六九万円。

円筒交換費用一五〇〇円に五〇八本(右の合計と前記(二)末尾の一八本との合計)を乗じた七六万二〇〇〇円。

2  ミクロフィルターの瑕疵

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一)  名宏はエヌジーエムに対して、ミクロフィルターは大腸菌、一般細菌、濁り、汚れ、ヘドロの除去が目的であり、水道水のみならず井戸水で使うことも可能であると口頭で説明して、ミクロフィルターを五四台販売した。そこで、エヌジーエムも代理店及び特約店に口頭で同旨の説明をして、これらを販売した。

(二)  ところが、代理店がミクロフィルターで濾過した井戸水を保健所に出して検査したところ、大腸菌や基準値以上の一般細菌が検出され、名宏の説明する性能のないことが判明した。

(三)  エヌジーエムは、名宏からミクロフィルターを単価八五〇〇円で仕入れ、そのうち二台を有限会社ヘルスライフに単価一万二〇〇〇円で販売し、うち二五台を住栄産業株式会社に単価一万三五〇〇円で販売した。しかし、名宏説明どおりの性能がなかつたため、代金の支払を受けられなかつた。

〈反証判断略〉。

右認定事実によれば、エヌジーエムは、ミクロフィルター二七台分の販売代金の支払を受けられなかつたことにより、購入代金相当額の損害を被つたほか、販売代金から購入代金を控除した金額の利益を得ることができず、次のの合計三六万一五〇〇円の損害を被つたことが認められる。

ヘルスライフに販売した分は、一万二〇〇〇円に二台を乗じた二万四〇〇〇円。

住栄産業に販売した分は、一万三五〇〇円に二五台を乗じた三三万七五〇〇円。

三名宏が販売基本契約、代理店契約に違反したことによりエヌジーエムが被つた損害(前同)について

1  名宏の販売基本契約、代理店契約違反の有無

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。この事実によれば、名宏はエヌジーエムとの間の販売基本契約、代理店契約に違反したものである。

名宏主張の販売基本契約、代理店契約の合意解除の事実は認められない。

(一)  名宏は、昭和五七年一二月三日付のエヌジーエムとの代理店契約により、九州全圏において、エヌジーエム以外の第三者にピュアネス及びその関連商品を直接販売してはならない義務を負つた。

(二)  しかるに、名宏は、右代理店契約に違反してエヌジーエムには無断で、昭和五八年三月七日からピュアネスの部品を、同月二九日からはピュアネス本体を、福岡市に本店のある日本健水開発に直接販売し、同年四月二一日までの販売総額は九一八万二三〇〇円に達した。

名宏は、同年四月二二日日本健水開発との間で、ピュアネス及びその関連商品を継続的に販売する旨の販売基本契約(乙第四号証)を締結した。名宏はこの契約に従い同日以降日本健水開発に商品を継続的に販売し、同日から同年五月二〇日までの販売総額は合計二〇九九万三〇〇〇円に達した。

日本健水開発は、エヌジーエムからピュアネスを仕入れていた当時は、「NGM」の名称を記載したラベルをピュアネスに貼用した。しかし、直接名宏からピュアネスを仕入れるようになつたのち、遅くとも同年五月初め頃からは、この名称を削除したラベルをピュアネスに貼用した。

(三)  名宏の浅井社長は、昭和五八年春頃日本健水開発の武末社長に対して、日本健水開発がピュアネスを月間三〇〇〇台以上販売できたら、エヌジーエムをはずして、日本健水開発にピュアネスの全国の販売権を与えてもよいと述べた。

同年四、五月頃、浅井と武末は、名宏からエヌジーエムへの商品の供給停止を企図した。その方法として、名宏・エヌジーエム間の販売基本契約書に現金払の約定があることに目をつけ、日本健水開発からエヌジーエムに対する商品代金の支払を手形で行えば、エヌジーエムは名宏に対する商品代金の支払をその手形で行うだろうから、それを契約違反の事由として、エヌジーエムへの商品の供給を停止しようということになつた。

(四)  エヌジーエムは昭和五八年五月初め頃名宏にS八一G型等のピュアネス三〇〇台を注文した。名宏は、本来ならば受注後直ちに商品を発送する扱いであつたが、今回は製作が遅れているとの口実で発送しなかつた。

そして、名宏は、同月一七・一八日の両日、後日発送するのでそれまでとりあえず保管するようにと依頼して、久留米運送にピュアネス二二八台を預けた。

(五)  日本健水開発は同月一八日エヌジーエムに対し、ピュアネスのホーロー円筒の取換えで資金繰りが逼迫していることを口実に、エヌジーエムに対する商品代金の支払を大壯振出の額面七〇〇万円の約束手形二通で行つた。エヌジーエムは日本健水開発に右約束手形への裏書を求めたが、日本健水開発はこれに応じなかつた。

エヌジーエムは翌一九日名宏への商品代金の支払を前記約束手形二通で行つた。その際、名宏の森嶋総務部長は何ら異議を留めずに商品代金の支払として右約束手形を受取つたうえ、吉村に対して同手形の支払が不能となつた場合には、日本健水開発からのピュアネスの返品・差押えに協力する旨を約した。また、森嶋は吉村に対して、同月末日に支払期日のくる商品代金も本日手形で支払つてほしいと申出たが、吉村は右申出を拒否した。

森嶋は同日直ちに日本健水開発を訪れ、前記約束手形のうち一通七〇〇万円を現金化してもらい、その上更に額面合計一〇〇〇万円の融通手形を借り受けた。

(六)  吉村は同月二三日浅井に商品の供給を要求して、これを停止するのは販売基本契約の違反ではないかと問い詰めた。それに対して浅井は、エヌジーエムが約束手形で支払をしたから商品は出せないのだと弁解し、商品供給の条件として今後は現金による前払をするよう要求し、現金による前払であればいつでも久留米運送に預けてあるピュアネスを送ると述べた。

ところで、名宏・エヌジーエム間の販売基本契約では、代金毎月末日締切翌月末日払の約定であり、浅井の右要求は販売基本契約の内容を無視するものであつた。吉村が浅井の右要求を拒否したので、名宏は同日以後もエヌジーエムに商品を供給しなかつた。

〈反証判断略〉。

証人森嶋、名宏代表者は、名宏が日本健水開発に商品を供給したのはホーロー円筒の交換費用捻出のためであるとし、この目的からする商品供給をもつて名宏を論難するのは当らないと供述する。しかし、前記のとおり、名宏は日本健水開発に対して、昭和五八年三月七日から五月二〇日までの間に総額三〇〇〇万円をこえる商品を販売しており、交換費用捻出のための商品供給にしてはあまりにも巨額の取引と認められる。また名宏はこの間の四月二二日日本健水開発との間で販売基本契約を締結したものであり、日本健水開発は遅くとも同年五月頃からは従前用いた「NGM」の名称を削除したラベルを使用するに至つたものである。

〈反証判断略〉。

2  〈証拠〉によれば、丙事件の請求原因(三)項の事実が認められる。

右事実によれば、名宏が販売基本契約に違反して商品の供給を停止したことにより、エヌジーエムは、日本健水開発との取引を除外しても、昭和五八年七月の一か月間に八一万〇三四六円の純利益を喪失し、同額の損害を被つた。

3  名宏が代理店契約に違反して日本健水開発に商品を供給したことによる損害

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一)  浅井司郎は昭和五六年一〇月頃から浄水器ピュアネス及びその関連商品の製造販売を始めた。名宏(代表者浅井)が昭和五七年一〇月一四日設立され、以後名宏がこれを製造販売した。

浅井は昭和五六年一〇月頃から福岡の有限会社栄住産業(代表者宇都正行)にピュアネスを販売した。栄住産業は昭和五七年三月頃から有限会社大壯(代表者武末兼策)にこれを販売した。大壯はこの大半を同月頃から有限会社萌生(代表者渕野修)に販売した。

(二)  エヌジーエムは、昭和五七年三月一日から栄住産業よりピュアネスを仕入れたが、同年四月二七日からは直接浅井よりこれを仕入れることとした。動機はその方が仕入単価が安いことにあつた。

大壯は同年一一月一日から栄住産業に代えてエヌジーエムよりピュアネスを仕入れるようになつた。仕入単価が安いからであつた。

(三)  日本健水開発株式会社(代表者は大壯の代表者武末兼策)が昭和五八年三月一〇日設立された。日本健水開発は同月二九日以降直接名宏からピュアネスを仕入れるようになつた。

エヌジーエムを介して仕入れるよりも仕入単価が安いからであつた。

エヌジーエムは昭和五七年一一月一日から昭和五八年四月二日までピュアネスを大壯ないしは日本健水開発に販売した。同期間中は大壯ないしは日本健水開発がエヌジーエムの最大の販売先であつた。

(四)  萌生(代表者渕野)は、昭和五七年三月頃から昭和五八年八月まで、大壯ないしは日本健水開発よりピュアネスを仕入れた。大壯ないしは日本健水開発の最大の販売先が萌生であつた。

萌生の代表者渕野と日本健水開発の代表者武末との間で、昭和五八年八月一八日ピュアネスの仕入(販売)価格をめぐつて争いが生じ、そのため、萌生は同日以降日本健水開発よりピュアネスを仕入れなくなつた。萌生は昭和五九年一月からエヌジーエムよりベスト活水器を仕入れて販売している。

(五)  萌生は、大壯ないしは日本健水開発からピュアネスを仕入れていた当時、その大部分を永野賢明や原野晴介が経営する会社に販売していた。その永野賢明や原野晴介が中心となつて、昭和五八年一一月二四日株式会社日本健水(代表者永野)が設立された。日本健水は設立以来直接名宏からピュアネスを仕入れている。

日本健水開発(代表者武末)は同年三月二九日以来直接名宏からピュアネスを仕入れてきた。しかし、前記のとおり、同年八月一八日以降最大の販売先であつた萌生(代表者渕野)がその傘下から離れ、同年一一月以降日本健水(代表者永野)も直接名宏からピュアネスを仕入れるようになつて、永野も原野もその傘下から離れていつた。

エヌジーエムは、名宏が日本健水開発に商品を供給したことによる逸失利益として、昭和五八年三月七日から一二月二〇日までの利益の合計四八四〇万一七五二円を主張する。その算出根拠として、同年三月七日から八月一九日までの分については、名宏が日本健水開発に販売した商品の数量を基準とし、八月二〇日から一二月二〇日までの分については、その直前三か月間の名宏と日本健水開発との間の取引実績を基礎とする。

しかし、大壯ないしは日本健水開発がエヌジーエムから商品を仕入れていた当時の仕入単価と、名宏から直接仕入れるようになつた時の仕入単価とは異なる(乙第三一号証中番号4の一丁目右側の表の売上単価と、乙第四号証の五丁目表の商品価格とを対比)。日本健水開発ないしは大壯は、名宏から直接仕入れはじめてからは、それ以前に比べてかなり安い単価で仕入れているので、それだけ安い単価で販売できるし、また多額の必要経費を投入して多くの商品を販売することができたものと推認される。

また日本健水開発の最大の販売先は萌生であつたが、萌生は前記のとおり同年八月一八日以降日本健水開発から商品を仕入れなくなつた。従つて、日本健水開発の同年八月二〇日から一二月二〇日までの商品販売数量は、その直前三か月間の実績に比べて激減した筈である。

ところで前記(一)ないし(五)認定事実によれば、名宏(浅井)の商品の販売経路は以下のとおり変転した。すなわち、名宏(浅井)はピュアネスの九州地区の販売業者として栄住産業と契約した。栄住産業はこれを大壯に販売し、大壯はこの大半を萌生に販売していた。エヌジーエムも最初は栄住産業から仕入れていた。ところが、エヌジーエムが栄住産業にとつて代り、直接名宏から商品を仕入れて、その大半を大壯ないしは日本健水開発に販売するようになつた。その後、日本健水開発がエヌジーエムを排除して直接名宏から商品を仕入れ、その大半を萌生に販売するようになつた。萌生は、大壯ないしは日本健水開発から仕入れた商品の大半を、永野賢明らの経営する会社に販売していた。ところが、日本健水が設立され、同社が萌生や日本健水開発を飛び越して直接名宏から商品を仕入れるようになつた。以上のように、名宏(浅井)の九州における中心的な販売先は、短期間の間に栄住産業からエヌジーエムへ、次いで日本健水開発へ、次いで日本健水へと変転した。この間に日本健水開発は昭和五八年八月最大の販売先萌生を失つたものである。これに対し、名宏が直接日本健水開発に商品を供給するようなことがなければ、エヌジーエムと日本健水開発との取引が一二月二〇日まで継続した、とは認められない。

〈証拠〉によれば、エヌジーエムの昭和五七年七月から昭和五八年四月までの売上・仕入・利益額は、別紙第三の一覧表記載のとおりであること、このうち昭和五七年一一月から昭和五八年三月までの売上が非常に増加したのは、大壯ないしは日本健水開発に対する売上が含まれているからであり、同年四月の売上が激減したのは、日本健水開発に対する売上が止まつたためであることが認められる。同一覧表によれば、昭和五七年九月、一〇月(大壯との取引が始まる直前二か月)分の平均月間純利益が一六一万三六六三円であり、同年一一月から翌年三月(大壯ないしは日本健水開発との取引継続中)までの平均月間純利益が三六六万八七五四円であつて、その差額は二〇五万五〇九一円である。従つて、エヌジーエムは、同年四月以降も日本健水開発との取引が継続しておれば、月間二〇〇万円程度の純利益をあげ得たことが認められる。そして前記事実経過に照らせば、名宏が日本健水開発に商品を直接供給することがなければ、エヌジーエムは同年四月から七月までの四か月間、日本健水開発との取引を継続して合計八〇〇万円の純利益をあげ得たことまでは認められるが、同年八月以降についてはエヌジーエム主張の利益をあげ得たことは認められない。

してみると、名宏が代理店契約に違反して日本健水開発に商品を供給したことによるエヌジーエムの損害は、八〇〇万円の限度でのみ認められる。

4  カタログ及び印刷費の関係

〈証拠〉によれば、名宏が販売基本契約に違反して商品の供給を停止したことにより、エヌジーエムに丙事件の請求原因(五)項及び(六)項の損害を生じたことが認められる。

第三  売上・仕入・利益一覧表

年月

売上

仕入

荒利

純利

五七年七月

六七三万三五八五

三二三万四四一五

三四九万九一七〇

一五五万〇三四八

八月

六〇二万四五三三

四二一万八〇二〇

一八〇万六五一三

△六四万一五一二

九月

七四七万〇四五四

三四九万九五四五

三九七万〇九〇九

一七九万七四九二

一〇月

九三一万八四〇五

五〇〇万三二九三

四三一万五一一二

一四二万九八三四

一一月

一六九九万八三九〇

一二六八万一五三〇

四三一万六八六〇

二一一万八八九六

一二月

二〇五八万八八〇五

一四六四万四七九〇

五九四万四〇一五

一八二万四七〇八

五八年一月

二〇七九万四五〇〇

一五八八万六六四〇

四九〇万七八六〇

一四七万二三一一

二月

四九九九万七八二五

三六九二万〇一八〇

一三〇七万七六四五

一〇二四万八五〇三

三月

三四八一万九一九〇

二九二二万七八四〇

五五九万一三五〇

二六七万九三五六

四月

九一三万一〇二五

七四四万〇三二〇

一六九万〇七〇五

△二三〇万三三〇八

5 エヌジーエムは名宏の債務不履行を理由に五〇〇万円の無形の損害の賠償を請求する。しかし、名宏の販売基本契約違反、代理店契約違反によりエヌジーエムが被つた財産上の損害については賠償が認められること、エヌジーエムは、名宏よりピュアネスの供給を停止されてから僅か三か月以内である昭和五八年八月一一日から、ピュアネスと外観上の形状が酷似したベスト活水器を大々的に製造販売していること(後記五の2)、エヌジーエム自身も、前記のとおり栄住産業にとつて代り、直接名宏からピュアネスを仕入れて、その大半を栄住産業の販売先であつた大壯ないしは日本健水開発に販売したことに照らせば、エヌジーエムの無形の損害の賠償請求は認められない。

四相殺の主張(前同)について

1 名宏の売掛代金は前記一のとおりである。丙事件の請求原因(八)項の(1)(2)の事実は当事者間に争いがない。

2  名宏はエヌジーエムに対し次の(一)の債権を有した。エヌジーエム及び吉村は相殺の基準日を昭和五八年七月三一日とし、名宏もこれを争わない。次の(一)の売掛代金の同月一日から三一日までの年六分の割合による遅延損害金は七万三四二六円となる。

従つて、同月三一日の時点で、名宏はエヌジーエムに対し次の(一)の債権一四四八万二四七六円を有し、エヌジーエムは名宏に対し次の(二)の債権九九七万三四四六円を有した。エヌジーエムの相殺の意思表示により、エヌジーエム及び吉村は名宏に対し、各自売掛代金四五〇万九〇三〇円及びこれに対する昭和五八年八月一日から完済まで年六分の割合による遅延損害金の支払義務がある。相殺の抗弁はこの限度で理由がある。

(一)  名宏の債権

売掛代金一四四〇万九〇五〇円及びこれに対する昭和五八年七月一日から完済まで年六分の割合による遅延損害金

(二)  エヌジーエムの債権

(1) ミクロフィルターの瑕疵による損害賠償金三六万一五〇〇円(前記二の2)

(2) 名宏の商品供給停止による損害賠償金八一万〇三四六円(前記三の2)

(3) 名宏が日本健水開発に商品を供給したことによる損害賠償金八〇〇万円(前記三の3)

(4) 使用不能になつたカタログの製作費相当額の損害賠償金八〇万一六〇〇円(前記三の4のうち請求原因(五)項関係)

3 更に、エヌジーエムは名宏に対し、相殺の自働債権としなかつた次の(一)ないし(三)の債権を有する。従つて、名宏はエヌジーエムに対し、損害賠償金一七五万六六〇〇円及び内金二二万三六〇〇円に対する昭和六〇年五月一六日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払義務がある。

(一) ステンレス円筒製作費相当額の損害賠償金七七万一〇〇〇円(前記二の1)

(二) 円筒交換費用相当額の損害賠償金七六万二〇〇〇円(前記二の1)

(三) その他の契約証書等の印刷費相当額の損害賠償金二二万三六〇〇円、及びこれに対する支払催告日の翌日である昭和六〇年五月一六日から完済まで年五分の割合による遅延損害金(前記三の4のうち請求原因(六)項関係)

五乙事件について

1  乙事件の請求原因(一)項及び(二)項(但しベスト活水器の製造販売開始年月は争いがある。)の事実は当事者間に争いがない。

〈証拠〉によれば、ベスト活水器とピュアネスは、外観上の形状が酷似していることが認められる。

2  販売基本契約に基づく請求について

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一)  名宏は、エヌジーエムとの間で販売基本契約を締結していたにも拘わらず、昭和五八年五月一七日以降正当な理由なく一方的にピュアネス及びその関連商品の供給を停止した。エヌジーエムは、その当時取扱商品の九割がピュアネス及びその関連商品であり、名宏から一方的に商品の供給を停止されたことにより倒産の危機に直面した。

(二)  そこで、エヌジーエムはいわば緊急避難として、在庫の名宏のカートリッジを使用して、同年六月からベスト活水器数十本を製造販売した。そして、エヌジーエムは同年八月一〇日名宏に対し、名宏の債務不履行を理由として販売基本契約を解除した。

(三)  エヌジーエムは、同年八月一一日福岡市の住吉会館に代理店・特約店を集めてベスト活水器の発表会を行い、同日以降大々的にベスト活水器を製造販売している。

右事実によれば、エヌジーエムの昭和五八年六月から同年八月一〇日までのベスト活水器の製造販売は、名宏の一方的な商品供給停止による倒産という事態を回避するため、いわば緊急避難として行われたものであつて、違法性はない。そして、エヌジーエムは同月一〇日名宏に対し、名宏の債務不履行を理由として販売基本契約を解除したのであるから、エヌジーエムの同月一一日以降のベスト活水器の製造販売も、何ら販売基本契約に違反するものではない。

よつて、名宏の販売基本契約に基づく請求は理由がない。

3  不正競争防止法に基づく請求について

〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一) 戎機械工業株式会社が昭和五六年四月頃から浄水器いずみを製造し、ニューワールドこと田中久雄や株式会社新大阪包装がこれを販売していた。浅井司郎は同年一〇月頃からピュアネスの製造販売を始めたが、ピュアネスの外観上の形状はいずみを模倣したものであり、何ら独創的なものではない。しかも、ピュアネスの外観は浄水器として極く一般にありふれた形状であり、そこに何ら独自性がない。

(二) ピュアネス、ベスト活水器は、いずれも訪問販売される商品であり、店頭販売されていない。しかも、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌等のマスコミ媒体を使って、ピュアネスが一般消費者に大々的に広告・宣伝された事実もない。

(三) ピュアネス、ベスト活水器は、いずれも円筒の正面側に、ピュアネス(源水器)、ベスト活水器である旨の大きなネームプレートが明確に表示されている。

右事実によれば、ピュアネスの外観上の形状は、他の浄水器と明確に識別される独自性を有しないものであり、それが需要者の間において特定の商品形態として広く認識されているものとは認められない。ベスト活水器の外観上の形状がピュアネスのそれと酷似していても、両者はいずれも訪問販売されている商品であり、しかも別異のネームプレートが明確に表示されていることから、需要者の間で両者が誤認混同されるものとは認められない。

よつて、名宏の不正競争防止法に基づく請求も理由がない。

六以上の次第で、名宏の売掛代金請求(甲事件)は、前記四の2記載の限度で理由があるので認容し、その余は理由がないので棄却する。名宏の不正競争行為差止等請求(乙事件)はいずれも理由がないので棄却する。エヌジーエムの損害賠償請求(丙事件)は、前記四の3記載の限度で理由があるので認容し、その余は理由がないので棄却する。訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本文、仮執行宣言につき民訴法一九六条一項を各適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官横畠典夫 裁判官紙浦健二、裁判官大泉一夫は、転補のため、署名捺印することができない。裁判長裁判官横畠典夫)

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